癌との付き合い

一人だけ癌の人を治療している。

もう28,9年来てる人で、
長く通ってくれている患者の中で癌になった唯一の人。
その人は仕事柄、毎年しっかりした身体検査を受けていた。
が、検査数値には一切異常が出なかった。

普通癌の人だと触れば、「あ、変だ」って手が教えてくれる。
でも、わからなかった。ヘンどころか、いい感じのからだになったなぁと
治療するたびに喜んでいた。

検査してもわからなかった。触ってもわからなかった。
癌だとわかったのは退職してから。
わかった時には、すでに大腸から肝臓に転移していた。

驚いた。
からだが現実を生きてない!
からだぐらい正直なものはないと思っていたのに・・・・・。

手術はできない癌で、抗がん剤での治療。
1度目は、それほどやつれることもなかった。
大腸がんは縮小。肝臓がんは現状のまま。でも本人・家族とともに喜んだ。

でもしばらくすると再び肝臓癌が大きくなり始めた。
2度目の抗がん剤治療が始まった。
やつれはじめた。痩せはじめた。顔から艶がなくなった。痛みも出てきた。

癌と一口に言ってもいろいろだ。
性のいいものもあれば、悪いものもある。
その人の癌は、悪い方の癌で、そういうのにかかったら
治そうとジタバタするほど、辛い状態になっていくそうな。
そのように「がんもどき説」で有名な近藤誠さんは言う。

手術やら抗がん剤やら放射線やら、そういう治療をやってもやらなくとも、
生きられる年数にそう違いがない、ほとんど同じ。
それならジタバタしないで
安らかに死ねる道を選ぶ方がいいんじゃないのか・・・と彼は説く。

私事ですが、私の母も最期は大腸がん経由の肝がんで死んだ。
80歳を超えてたが、大腸がんの手術は成功。
でも肝がんはどうにもならないということで、
放置されて、入退院を繰り返した。
それで意を決して、私は冬の北京に高価な肝臓の薬を買いに行った。
それが効いた。ピタッと入退院が止まった。

残りの3年間、元気いっぱい母らしく生ききったから、
死後は当時の魅力的な母しか思い出せない。
想いだすたびに、よく生きたなぁ、天から愛された人だったなぁ、と、私は自然と顔が緩む。

不思議なことに、苦しいとか悲しいとか、まったく言わなかった。
我慢して言わなかったって感じじゃない。
だいたい自分がもうすぐ死ぬなんて思ってもいなかったような。

黒く染めていたのが落ちて白髪のお婆さんそのものになったことを
ひどく嫌がった。
染める薬剤が肝臓に悪いということで、「もう染めるのはダメよ」と
固く言い聞かせても、すきを見てこっそり美容院に駆け込む。
そんなことしても、美容院にはすでに頼んでおいたから、染めてもらえない。
それが唯一の不満.。病気なんてまったく気にかけてなかった。
そもそも自分が癌だと疑うこともなかったしね、最後まで。

ノーテンキは強い。
でもそれだけか。。
何の治療もしなかったこともよかったんじゃないか。
プラス、中国の漢方薬もよかったし、
最晩年に父とラブラブの関係になれたのも、よかった。

話を癌の患者さんに戻そう。
つい先日、〈生き延びよう〉と考えない方がいいのではないか
と、私は伝えた。(続く)











2013/03/30(土) | エッセイこれっきりの私 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

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