書き残しておきたいヤマの思い出

ヤマが死んで2か月ちょつと。
当然だけど、いまだにヤマに会いたくて、会いたくて・・・・。

人とであれ、けだものとであれ、出会いは常に運命的なもの。

18年前、オウム真理教の事件が巷をにぎわしたその年の秋に、
富士五胡の一つ西湖に遊びに行ってて、ヤマと出会った。

午後のひととき、友人の石田静子さんと宿の近くを散策していたら、
急に木立から大人の白黒猫が飛び出してきた
そしてニャオニャオ言いながら、私たちにくっついてくる。

猫に慣れない石田さんが、途中足だかシッポだか踏んじゃった。
「ニャん!」と叫んだ。それでも逃げ出さずについてくる。
ずーっと、ずーっと、ずーっとついてくる。

なんか不思議な感じ、何か特別な縁があるのかしら、この猫と。

その日はご挨拶代わりにシーチキンの缶を買って与えた。

次の日、朝食に出た鯵の干物を持って
イソイソと昨日の猫を探したけど、どこにもいない。
あぁ~これまでの縁なのねとあきらめた。
ところが、帰りの車に乗り込むその時になって、
またそいつはどこからか現れて・・・。。

こんなになっつこい奴は捨てられた猫に違いない。
すぐ近くにオートキャンプ場があったから、
一緒に連れてこられて捨てられたか、
迷子になってしまったかした猫なんじゃなかろーか。
そうであるなら今は11月のはじめ。
ここは富士山の麓(ふもと)だもん、これからどんどん寒くなる。

何か縁を感じてしまった私は、同乗者の猛反対を押し切って、
その猫を膝に抱え込んだ。
よく鳴く猫でね。絶え間なくニャアニャアと。
車内はシ~ンと静まり返って・・・・・。

運転してくれた石田さんの夫は腹を立てながらも、
川崎まで来てくれた。
そこからニャアニャアわめくヤツを、ショルダーバックに入れ、
電車で、両国の家まで一人で運んだ。

その両国には当時「チータン」というシルバー色の猫がいた。
アメリカンショートヘアとチンチラの混血。ビックで美しい猫でね。
でも喧嘩にはめっぽー弱くて、月に1回は噛まれて怪我をした。
そのたびに獣医に行く。
と、「骨格の大きな猫だなぁ」とセンセイは毎回驚嘆の声を上げた。

チータンは当時10歳で、
すでに体を壊していて、たぶん肝臓がイカレてた。
それでだと思うけど、突然やってきた新入りを恐ろしい顔で恫喝。

富士山の麓から拾ってきたのだからと、
「ヤマ」と呼ばれるようになった白黒猫。
ありがたいことにそいつは大層賢いヤツだった。
来たその日から、低い座卓の下に入り込んで、
トイレと餌を食べるとき以外はまったく出てこず、
ひたすら「すいません、すいません」という態度に終始した。

1週間たち、2週間たって、
チータンも少しずつ、そんな新入りの存在に慣れていって
・・・・そして間もなく彼は死んだ。

チータンが死んでで1か月ほどたったある晩、息子がしみじみといった。
「ヤマがいなかったら、うちはずいぶん淋しい家だったねぇ」

そう、チータンを失った悲しみの穴を、うまくヤマが埋めてくれて・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この続きはまた。




2012/09/03(月) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(1)

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ムクロジ

『いい話を』

を、ありがとうございます。我家にも思い当たること多く共感しましたよ♪

息子さん、ねこ語を話せるんですね、娘も、なかなか達者です。

続きを、楽しみにお待ちしたいと思います。

追記:「やまちゃん」も、きっと喜ばれているのでは?美津さんが、このように自分を偲んでくれているなんて猫冥利に、尽きるなって、、、
でも、でも美津さんの哀しみを思って、涙が、、、

2012/09/09(日) 16:32:45 | URL | [ 編集]

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