そばにいたのに気づかずに・・・・。

【ヤマが亡くなるまでの1時間は、こんなふうに過ぎていきました】


しっかりとお別れをした息子が去ったあと、
ヤマは座椅子とテーブルの脚の部分とが形作る、
狭い空間に横たわった。

穏やかに横たわっている。

私はそのすぐそばで、
いつものようにアーユルベーダーの呼吸法をやり始めた。
「うぉ~~~~~~」と、何度も何度も繰り返しながら。
なんだかお経みたいだな、と想いながら。

ヤマとの残り少ない時間に、
こういうのってなんだかいいような気がした。
何よりも私の気持ちが落ち着いた。

と、寝てるのかなと思ったヤマが、わずかに痙攣した。
そしてそのあと、
今度は伸びをするように1回大きく手足を伸ばして痙攣した。

あっ、苦しいのかなと思ったが、また静かに寝ている。
私も再び呼吸法を続けた。

静かに時が過ぎていく。やぁ眠くなってきたなぁ。
ヤマ、眠くなっちゃった。私、少し仮眠するね。

そう話しかけて、
そしてタオルか何か、からだにかけるものを取りに行こうと立ち上がった。
でもその時なにか気にかかったのね。
それでヤマのおなかのあたりをよーく見た。

あっ、まったくおなかが動いていないじゃないか! 息をしていない!

ヤマ、ヤマ! あぁ死んでしまったっ! ヤマが死んでしまったっ!

ひとりで、ひっそりと、あっけなく・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

その夜、遺体をお骨にする火葬車にマンションの前まで来てもらった。

鍼灸師田中美津の治療院れらはるせ

暗い中、息子と二人で長い箸を使ってお骨を拾いツボに入れた。

鍼灸師田中美津の治療院れらはるせ


夜中に死んで、同じ日の夜にお骨になった。
今、ヤマを入れた壺はベランダ側の書類入れの上にある。

でもね、ヤマはその中には居ないと思う。
肉や骨はヤマという生きものの、いわば入れ物部分。
彼の魂は、最後に大きく痙攣したときに、
そのからだから抜け出した。絶対にそう。

それだから、死後のヤマはあのように、枯葉のように軽かったのだ。
あの異様な軽さ! あれは痩せたからだと、
単純に言えるような軽さではない。

・・・・・慰められるのは、、
最後まで彼がほとんど苦しまなかったこと。
まったくの飲まず食わずは1日だけで、
ぎりぎりまでヒョコタン、ヒョロヒョロと歩いていたヤマ君。

見事な老衰死。大往生ってこういう感じ?
持って生まれた彼自身のいいからだと、
死ぬ前日までかけていたカーボン光線のおかげだろう。

医者に連れて行かなかったのも、たぶんよかった。
「大往生したければ医療にかかわるな」って、
これは猫にも言えることだと思います。
弱ってるのに籠に入れられ獣医のもとへ・・・って
、けだものにとってはえらいストレス、だもんね。

最後まで好きな猫缶を食べたいだけ食べて、
注射なんて全くされずに、
生きられるだけ目いっぱい生きたヤマ。

ある方が手紙をくれて、
「猫の天国ってどんなところかわかりませんが、
能天気な生きものですから、
お気楽で楽しい場所じゃないか、そんな気がします」と。

そうだなぁ、あいつのことだ。
きっと今頃は天国の陽だまりで、
「さぁ、今日は何を食べようかなぁ」なんて考えながら
毛づくろいでもしているのだろう。

まだ今は、悲しいけれど、
そう思って笑える日も、いつか来る。

それに・・・・。
からだから抜け出たヤマの魂は、永久(とわ)の風となり、光となった。

「うぉ~~~^」の呼吸して、
頭が気持ちよくボーっとしてくると、
真実そのように思えるのです。

ホラね、いっしょ、いっしょ、いっしょ、いっしょ・・・・・・。


私もいつか風となり、光となりたい。

鍼灸師田中美津の治療院れらはるせ

2012/06/29(金) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

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