副院長  山ちゃん写真館   (12年・3月10日)

ヤマちゃん写真館
初めまして、オレ,ヤマちゃん、
18年前に、富士山のふもとで拾われた。
推定20歳。
れらはるせの副院長で~す。

田中美津の治療院 れらはるせ

残り少ない人生、いろいろ考えるなぁ。

田中美津の治療院  れらはるせ 

思い出す、あのこと、このこと・・・・。

田中美津の治療院 れらはるせ

といっても、気にかかるのは餌のこと。

田中美津の治療院 れらはるせ 

またいつものあの餌かなぁ

tanaka美津の治療院 れらはるせ 

あぁ~あ・・・・
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チェ!いい加減にしてくれよ!

田中美津の治療院 れらはるせ

でも腹すいたな。どうしょうかなぁ・・・・。

田中美津の治療院 れらはるせ

うん、たまには決然と主張しょう!

田中美津の治療院 れらはるせ

餌のせいで、痩せてしもうた。
ウナギ猫だぞ、どやっ!


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とほっ、効果なし。

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むなしいぃぃぃ・・・・。

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            ( 撮影2012・3・10 石上静子さん )田中美津の治療院 れらはるせ 

いま、副院長は・・・・・・

ヤマは「慢性腎不全」。
獣医からは「もう療法食でないと生きられませんよ」と言われ、
それを食べさせてみたのですが、
味が気に入らないのか、ホンの少ししか食べない。

困ったなぁ。
でもヤマ的には・・・残り少ない日々ならば、
好きなもの、おいしいものを食べて過ごしたいんじゃないかしら。

うん、療法食はやめよう、好きな猫缶を食べさせよう。
その代り、カーボン光線を毎日かける。
この方針で、やってみよう。

と決心したのは、去年の8月頃でした。
以来、1日も欠かさず、毎晩3台(最初は4台、今は3台)のカーボンで10分ずつ、
〈右向き(プラス肛門)ー左向き(プラス肛門)ーおなか〉の順に照射してる。

変わったのは、まず色艶。
口の周りにできていた薄黒っぽい、
人間でいえばシミのようなものが少しずつ消えて、
背中やおなかの毛のバサバサも治っていった。

おしっこ・ウンコもよく出始めて・・・・。

ただ、100歳はとうに超えてるだろう年齢なので、
人間ならオムツされてるが、猫だから、気ままに漏らす。
あぁ、猫の介護も楽じゃない。

それによく食べる。
朝いちばんに「海の贅沢スープ」。
(尿がよく出るように、漢方薬「猪苓湯」を混ぜて)

そのあとはShebaの猫缶を順繰りに3缶食べて、
それでもまだ餌を欲しがるときには、ドライフードを。

若い時の2倍は食べてる。ウンコも2倍。
おなかがすいたときだけ気持ちがハッキリするのか、
激しく鳴く。
 いや、激しく鳴いたのは去年までだ。
今はボソボソ鳴くか、私の周りをグルグル回る。

問題はおしっこをする場所。催しちゃつたら、所構わず。
玄関や廊下ならいいが、
自分の餌から2,3センチ離れたところに平気でやる。

そ、早い話がボケちゃつてるのよ、ウチのヤマちゃんは。
悲しい・・・・・。

いくら食べても、もう太らないし。

・・・・でもね、まだ自分の名前がわかるし、
宅配が来ると、
チャンスとばかり玄関からヨロヨロ出ていっても、
「駄目よ、ノーよ」と言えば、すぐにUターンして帰ってくる。
 
コツコツ爪を響かせながらの、副院長回診も欠かさない。
(爪が床に当たるのは、筋肉が衰えて、肉球を握り占めることができないせい)

もうヤマなりに、精一杯生きている。

こうなったらヤマとの1日1日がとっても大事。
この顔、この抱いた感じ、この足音・・・・。
絶対に、絶対に忘れないようにしよう。

次男として育ててきた。
17年間くしゃみ一つすることなく、
獣医に連れて行ったのは昨年が初めて。
かみついたり、ひっかいたりすることの全くない、
話せばよくわかる頭のいい奴で。

母一人、子一人、プラス1匹。
息子にとってはかけがえのない弟で、
私にとってはかけがえのない愛児、だった。

だった・・・と、過去形で語る私。

押し寄せるであろう悲しみに、
すでに怯えていて、
今から何とかそれに慣れようと、
しているのだろうか、私は。
                      
(2012年3月15日記 田中)

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【ヤマチゃん写真コンテスト参加作品】

よく寝る子だから、猫というのです。


この頃よくするのは、立ち居眠り。
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あれ、体がぐらり。
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ちゃんと寝ようっと。
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熟睡。
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爆睡。
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( 撮影2012・3・25  スタッフのなかうま・りょうこさん)




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2012/03/20(火) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

残り少ない日々を・・・・・。〈実録〉ヤマの1日。  (12年・4月26日)

ヤマを撮るために、携帯を新しいものに。
世の中の風潮に少し逆らいたい私が、
初めて手にしたカメラ付きの、それも13000画素とかいうやつ。
どんなによく撮れるかと思ったら、結局カメラは、
「ブレないで、素早くパチリ」に 尽きるんだとわかった。
難しいもんだなぁ。


朝7時

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ね、眠い・・・・・

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うるさいなぁ、だれ?
 

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ヨロヨロ~~~  おはよー

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起きたら食べる

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食べたら寝る

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ひたすら・・・・・

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でも、1日数回の、副院長回診は欠かさない

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回診は凛々しい顔で・・・・ その①

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凛々しい顔で・・・・・・その②

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顔疲れ

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またまた、ひたすら・・・・・・

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目を覚ますと、
時々ヒッソリと、遠くを見つめてる・・・・その①

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見つめる・・・・・その②
この頃のお気に入りの場所は台所

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特技も、ある

その①  時たま、意味なく固まって動かない(老化現象か?)

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その② いつでも、どこでも、眠れちまう

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現実(うつつ)と、夢のはざまで・・・・

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あぁ~~ ん

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あぁ~~~~~~ ん

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夢の中ではいつっも若い

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夜は必ずカーボンを、かける。
右半身やったら左半身、肛門にも。計3台の光線器を使って。

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仕上げはおなか。
カーチャンの膝に寝そべって(抑え込まれて)大人しく

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特技その③  
半睡半醒  瞑想は寝ながら

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・・・・やがて夢幻へと

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         (フォト: 田中美津、ヘルプ:なかうま   12・4・26)





















2012/04/26(木) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(1)

いよいよ、ヤマが老いてきた!  (12年・5月5日)

大変だっ!

ヤマがぺたぺたヨロリヨロリと歩いてきて、
いつものように立ち止まった。
と、微妙にぐらぐらと、下半身が揺れているではないか。
あれ、静止ができなくなってる!

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な、なんと、これは!!!!!?????
下半身、主に後ろ足の筋肉が弱ってきて、
姿勢の保持ができなくなってる。

いよいよ寝たっきりに・・・・・?!
ネコの車いす・・・・・?!
オムツが必要・・・・?!

グルグルと頭の中をいろんな問いが駆けめぐる。

老化は突然やってくる。
いよいよヤマの命も最終段階に入ったということなのか。

それにしても・・・・、
ウンコするときは少し腰を持ち上げてやっている。
もし、その時に静止できずコケテしまったら、
毛にウンコがべったりという、
悲惨な事態になりゃしないか、これからは。

あぁ想像しただけで人生が暗くなる。あな、おそろしや、おそろしや。

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毎晩カーボン光線をあてる。
30分近くあてるもんだから、
この頃は10分すぎるとむずかり始める。
叱ったり、♪ヤマちゃん、ヤマちゃん、ポンポコポンのポン♪とかの
歌をうたってあげながら、何とかもたせる。

抵抗が激しくなったのは、それだけ元気になったせいだろう。
ウン、この分だとあと1年くらいは大丈夫かも・・・・
と思ってた。そう思いたかった。

カーボン光線は骨量も増やすし、筋肉も強くする。
あぁ~、もっと前から、元気なうちから、
あててあげればよかったなぁ。

寝方もおかしくなっている。
これ、横になってる姿なんだけど、後足が縮こまって体が微妙にねじれてる。
こんな寝方、初めて見た。

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これを書いてる私の周りを
ヤマがぺたコン、ぺたコン歩きまわる。
次の餌が欲しいんだな。

歩ける。でも、ちゃんと立っていられない。

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老化は突然やってくる。不均衡にやってくる。
どうもそういうものらしい。

下(しも)の世話をすることなく、
逝ってしまった、いや、逝ってくれた両親。
ヤマのおかげで、やっと、
老いるということが、
そして介護することの大変さが、私にもわかってきた。

老々介護。
でも、今のところまだ、
テレビを見ながら居眠りする以外に、自分が老いたなぁと実感することが、
ま、そりゃなくはないけど・・・・
って程度ですんでる私。。

1句できた。
ヤマを見て 明日は我が身か 春嵐
           (竜巻や突風が荒れ狂った5日に)

追記
下半身ぐらぐらは一時的なことだったのか、
今は前のように少し不安定だが、なんとか立っていられるようだ。
デモ、下半身から崩れていきそうだったあれは、いわば予告編。
気持ちがシーンとしてくる。一層の覚悟が必要。





2012/05/06(日) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

だんだん、だんだん、悲しいけど、だんだんに  (12年・5月11日)

ゴールデンウィークが終わって今日から仕事。
来る患者さんたちが、口々に言う。
「痩せたね、ヤマちゃん」、[老けたね、ヤマちゃん」。

そ、そぉお?
この間下痢がなかったので、
体調良くなるんじゃないかと、期待してたんだけど。

夜に息子が来て、彼も、「今までに一番老けて見える」と。

寝る前にふと見たら、ヤマがグタッと寝ていた。

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うぅ~ん、た、たしかに微妙に老けてきた!

がんばれ、がんばれ、がんばってくれよな、ヤマ君。



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2012/05/11(金) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

この食欲がある限り・・・・・

先週の日曜日のことです。
夜7時になっても治療が終わらない。

ヤマがぺたコン、ぺたコン、治療台の周りを歩きながら、鳴く。
おなかがすいたんだな。よし、よし。
私も泣きたい。うぉ~ん、うぉ~ん。
もう、11時間もぶっ通しで働いている。


と、不意にヤマがベッドに飛び乗ってきた。
ひゃぁ、お前、まだそんな元気あったの?

顔をくっつけてきて、「オレを忘れてんじゃないの」と。
大丈夫だよ、忘れてるもんか。

飛び降りるときに足でも折られたら大変だ。
抱えて下す。

しかし、また5分後に、再びピョンと飛び乗ってきた。
なんだかうれしい。元気じゃん、ヤマ。

喰いたい一心の頑張りだ。
この食欲がある限り・・・・。

無理やり生かそうとは思っていない。

食欲が目安だ。

2012/05/16(水) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

静かな諦めを、祈りという

携帯のカメラではもの足らなくて、
とうとうデジカメを手に入れた。

うちのヨタヨタ君はケツコー日本経済に寄与してるなぁ。

痩せこけて、淋しそう。でも・・・・・。
ヤマは1日1日、何かを脱ぎ捨てていってる。

静謐と、諦観は、紙一重。
そのことに、今頃気が付いた。


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2012/06/05(火) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

ヤマのまなざし

起きて、食べて、ペタコン歩いて、
おしっこして、固まって、寝て、また起きて~
を繰り返しているヤマの日常。

固まるという老化現象。
今まで見たことのない姿勢で固まっていることもあるし、
遠くを見て固まってることもある。

50センチ先を見ているようで、
実はずっとずっと遠くを見ているのだろう。

一度でいい、ヤマが見ているものを、私も見てみたい。



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2012/06/05(火) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

ヤマが死んでいく、少しずつ、静かに・・・・・・。(6月19日)

ヤマがいよいよ・・・・・。

あんなに食べたがりだったのに、今朝からまったく食べない。
それどころか水も飲まない。
いや、飲めないみたい。水に口はつけるんだけど・・・・。

抱くと枯葉のように軽い。
カソコソ、カソコソと音も聞こえる・・・・ような。
息が臭い、涙も臭い。体の毒が出ているのだろう。。

ぐたっ、べたっと床にへばりつくような姿で、ただただ寝ている。 

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もう、おしっこも出ない。今日の朝方まで出ていたのに。

あと何日もつんだろうか?

怖い、悲しい、頭がぼーっとする。
からだに力が入らない。
 
苦しいか、ヤマ。

あぁどうしたらいいんだろう。

怖くないから、ね。
また会おうね。
あっちで会おうね、ヤマ。


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2012/06/19(火) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

今はただほろほろと、悲しいだけだ (6月20日)

ヤマが死んだ。

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今日(6月20日)の午前12時45分くらいに、。
大きく1回痙攣した後に。
たぶん、さほど苦しまずに、ヤマらしくひつそりと。


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水だけで1週間くらい生きる猫もいると聞いて、
ヤマもそうなるのかなぁ、
そうなったら、見てるのがつらいなぁ
と、思っていたら。


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あっけなく死んでくれて。
苦しむの見ないですんで。
最後まで人間想いのいい猫だった。

ヤマ、私のヤマ。
別れたばかりなのに、お前が恋しくて、涙が止まらない。

母が亡くなった時も、父が亡くなった時も、
こんなには泣かなかったのに・・・・。

ヤマ、ダメじゃないか、
こどもが先に死ぬなんて!


追記
気持ちが落ち着いたら、ヤマがどんなふうに死んでいったか書きます。
読んでくださいね。


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2012/06/20(水) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

ヤマ最後の日々    6月26日記

ヤマがなくなってから6日過ぎた。
死なれてすぐは、何をしてても、見ても
、涙目でヤマ、ヤマ・・・・と探し回っていた。
今は虚脱と諦め。居ないんだよ、私のヤマは、もう居ない。

それでも朝起きると一番にヤマのことを思う。
いや、思うんじゃない。
家にいるときは常に、
ヤマの気配を感じ続けきたので、
18年間毎日そうしてきたので、
ヤマの存在が私のからだ感覚の一部になってしまっているのだ。

用事で出かけて、もう1か所寄ろうかなと思案する時、
「でもヤマが待ってるから…」と思い、
あ、もうヤマは居ないんだと気づき、そのたびにかすかに胸の奥が痛む。


  ・・・・・・・@・・・・・・・


死ぬ2日前の、先週の日曜日のことです。
治療室に何度も何度もヤマが来る。
コツぺた、コツぺた、のろのろのろと、
そのたびにベッドの周りをまわって・・・。

私はスタッフの平山さんと一緒に首をかしげた。
「どうしたんだろう、今日は。こんなに副院長が回診するなんて」

いつものように、餌が欲しいのかと、最初は思った。
でも気が付くと私をじーっと見つめている。



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あれ、なんだろう。どうしたの、ヤマ。

餌を変えてあげたが、それほど食べない。
なんか変だなぁ。

[無意識はすべてを知っている]と言われている。
すでにあの時、私はなんとなく気づいていたのだろう。
それだから、帰る平山さんに、
「来週は、もう、ヤマはここには居ないのよ」と告げたのだ。

気づいていた。でも認めたくなかった。
ヤマが、私に別れを告げているなんて!!!!

いや、あの時私にだけでなく、患者さんたちにも
あいつは別れを告げていたのだろう。
「ヤマちゃん、ヤマちゃん」と可愛がってもらっていたもの。

次の日の月曜日は、朝から出かけるところがあって、
夜の7時ごろ帰ったら、朝あげた餌がそっくり残っていた。

それに寝姿が今までで一番ヘンで。


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あら!
・・・・・・・・・・・・・・。

高まる不安。

いよいよだな、いよいよ。
でも、わずかに食べたり飲んだりしてるみたいだから、
まだその時が来るには少し間があるだろう、2日とか3日とか。
そう思っていた。

ところが翌日は朝から、まったく、食べも飲みもしなくなった。
水に口はつける。でも飲み込むことができない感じ。


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歩き始めようとすると、
いったん下半身がフラフラと崩れ、やっと1歩を踏み出す感じ。

夜、息子が来た。
「あなたがヤマを抑えててくれれば、
ハリのないこの注射器で水を口に入れるから」
といったら、彼は、
「それはやめようよ。無理にそういうことをするのは」と。

そうだね、
たぶん、水を飲めなくなるのも死に至るからだの自然、なんだろう。

人間の不安から、
一人で静かに死んでいくという、けだものの尊厳を乱したらいけない。
いくらもの狂おしく、切なく、悲しくても、
今はもう、見守るという、何もしないことをするしかないのだから・・・。
私は、そう自分に言い聞かせた。

ヤマは居間の大きなテーブルの下でぐったりと横たわっている。
ふとみたら、なんと息子の顔をじーっと見つめてた。

1,2分して「もう帰るよ、また明日来るから」と彼が立ち上がった。
すると、ぐったりと寝ていたヤマが急にヨロヨロと起き上がった。
そして息子の足元、
足にからだをくっ付けるかたちで、ごろりと横になったのです!



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あぁー、こ、これは・・・・。
ヤマがお別れしてるんだよ!

猫は3日で忘れるといわれてる。実際別々に住むようになってからは、
「この人、だぁれ」といった目で息子を見ていたのに。

黙って、思いを込めて、静かにヤマを撫でる息子。


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ヤマは、あなたを忘れたわけじゃなかったんだね。


・・・・・その約1時間後にヤマは死んだ。
私がいつも座る座椅子に、
からだをぴったりと寄り添わせて、
死んでいった・・・・。



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2012/06/26(火) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

そばにいたのに気づかずに・・・・。

【ヤマが亡くなるまでの1時間は、こんなふうに過ぎていきました】


しっかりとお別れをした息子が去ったあと、
ヤマは座椅子とテーブルの脚の部分とが形作る、
狭い空間に横たわった。

穏やかに横たわっている。

私はそのすぐそばで、
いつものようにアーユルベーダーの呼吸法をやり始めた。
「うぉ~~~~~~」と、何度も何度も繰り返しながら。
なんだかお経みたいだな、と想いながら。

ヤマとの残り少ない時間に、
こういうのってなんだかいいような気がした。
何よりも私の気持ちが落ち着いた。

と、寝てるのかなと思ったヤマが、わずかに痙攣した。
そしてそのあと、
今度は伸びをするように1回大きく手足を伸ばして痙攣した。

あっ、苦しいのかなと思ったが、また静かに寝ている。
私も再び呼吸法を続けた。

静かに時が過ぎていく。やぁ眠くなってきたなぁ。
ヤマ、眠くなっちゃった。私、少し仮眠するね。

そう話しかけて、
そしてタオルか何か、からだにかけるものを取りに行こうと立ち上がった。
でもその時なにか気にかかったのね。
それでヤマのおなかのあたりをよーく見た。

あっ、まったくおなかが動いていないじゃないか! 息をしていない!

ヤマ、ヤマ! あぁ死んでしまったっ! ヤマが死んでしまったっ!

ひとりで、ひっそりと、あっけなく・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

その夜、遺体をお骨にする火葬車にマンションの前まで来てもらった。

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暗い中、息子と二人で長い箸を使ってお骨を拾いツボに入れた。

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夜中に死んで、同じ日の夜にお骨になった。
今、ヤマを入れた壺はベランダ側の書類入れの上にある。

でもね、ヤマはその中には居ないと思う。
肉や骨はヤマという生きものの、いわば入れ物部分。
彼の魂は、最後に大きく痙攣したときに、
そのからだから抜け出した。絶対にそう。

それだから、死後のヤマはあのように、枯葉のように軽かったのだ。
あの異様な軽さ! あれは痩せたからだと、
単純に言えるような軽さではない。

・・・・・慰められるのは、、
最後まで彼がほとんど苦しまなかったこと。
まったくの飲まず食わずは1日だけで、
ぎりぎりまでヒョコタン、ヒョロヒョロと歩いていたヤマ君。

見事な老衰死。大往生ってこういう感じ?
持って生まれた彼自身のいいからだと、
死ぬ前日までかけていたカーボン光線のおかげだろう。

医者に連れて行かなかったのも、たぶんよかった。
「大往生したければ医療にかかわるな」って、
これは猫にも言えることだと思います。
弱ってるのに籠に入れられ獣医のもとへ・・・って
、けだものにとってはえらいストレス、だもんね。

最後まで好きな猫缶を食べたいだけ食べて、
注射なんて全くされずに、
生きられるだけ目いっぱい生きたヤマ。

ある方が手紙をくれて、
「猫の天国ってどんなところかわかりませんが、
能天気な生きものですから、
お気楽で楽しい場所じゃないか、そんな気がします」と。

そうだなぁ、あいつのことだ。
きっと今頃は天国の陽だまりで、
「さぁ、今日は何を食べようかなぁ」なんて考えながら
毛づくろいでもしているのだろう。

まだ今は、悲しいけれど、
そう思って笑える日も、いつか来る。

それに・・・・。
からだから抜け出たヤマの魂は、永久(とわ)の風となり、光となった。

「うぉ~~~^」の呼吸して、
頭が気持ちよくボーっとしてくると、
真実そのように思えるのです。

ホラね、いっしょ、いっしょ、いっしょ、いっしょ・・・・・・。


私もいつか風となり、光となりたい。

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2012/06/29(金) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(0)

書き残しておきたいヤマの思い出

ヤマが死んで2か月ちょつと。
当然だけど、いまだにヤマに会いたくて、会いたくて・・・・。

人とであれ、けだものとであれ、出会いは常に運命的なもの。

18年前、オウム真理教の事件が巷をにぎわしたその年の秋に、
富士五胡の一つ西湖に遊びに行ってて、ヤマと出会った。

午後のひととき、友人の石田静子さんと宿の近くを散策していたら、
急に木立から大人の白黒猫が飛び出してきた
そしてニャオニャオ言いながら、私たちにくっついてくる。

猫に慣れない石田さんが、途中足だかシッポだか踏んじゃった。
「ニャん!」と叫んだ。それでも逃げ出さずについてくる。
ずーっと、ずーっと、ずーっとついてくる。

なんか不思議な感じ、何か特別な縁があるのかしら、この猫と。

その日はご挨拶代わりにシーチキンの缶を買って与えた。

次の日、朝食に出た鯵の干物を持って
イソイソと昨日の猫を探したけど、どこにもいない。
あぁ~これまでの縁なのねとあきらめた。
ところが、帰りの車に乗り込むその時になって、
またそいつはどこからか現れて・・・。。

こんなになっつこい奴は捨てられた猫に違いない。
すぐ近くにオートキャンプ場があったから、
一緒に連れてこられて捨てられたか、
迷子になってしまったかした猫なんじゃなかろーか。
そうであるなら今は11月のはじめ。
ここは富士山の麓(ふもと)だもん、これからどんどん寒くなる。

何か縁を感じてしまった私は、同乗者の猛反対を押し切って、
その猫を膝に抱え込んだ。
よく鳴く猫でね。絶え間なくニャアニャアと。
車内はシ~ンと静まり返って・・・・・。

運転してくれた石田さんの夫は腹を立てながらも、
川崎まで来てくれた。
そこからニャアニャアわめくヤツを、ショルダーバックに入れ、
電車で、両国の家まで一人で運んだ。

その両国には当時「チータン」というシルバー色の猫がいた。
アメリカンショートヘアとチンチラの混血。ビックで美しい猫でね。
でも喧嘩にはめっぽー弱くて、月に1回は噛まれて怪我をした。
そのたびに獣医に行く。
と、「骨格の大きな猫だなぁ」とセンセイは毎回驚嘆の声を上げた。

チータンは当時10歳で、
すでに体を壊していて、たぶん肝臓がイカレてた。
それでだと思うけど、突然やってきた新入りを恐ろしい顔で恫喝。

富士山の麓から拾ってきたのだからと、
「ヤマ」と呼ばれるようになった白黒猫。
ありがたいことにそいつは大層賢いヤツだった。
来たその日から、低い座卓の下に入り込んで、
トイレと餌を食べるとき以外はまったく出てこず、
ひたすら「すいません、すいません」という態度に終始した。

1週間たち、2週間たって、
チータンも少しずつ、そんな新入りの存在に慣れていって
・・・・そして間もなく彼は死んだ。

チータンが死んでで1か月ほどたったある晩、息子がしみじみといった。
「ヤマがいなかったら、うちはずいぶん淋しい家だったねぇ」

そう、チータンを失った悲しみの穴を、うまくヤマが埋めてくれて・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この続きはまた。




2012/09/03(月) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(1)

春が来たら、亀が来る

新しく猫を飼う気になりました。
でも、冬は捨て猫の出物がないとかで、
春になったら猫ボランティアの友さんから
もらえることになっている。

1に健康、2に性格、3があったら器量よし
が希望です。

名前だけはもう付けました。
「亀ちゃん」です。
亀吉という父の名前から1字もらった。
母の名前からでも良かったけれど、母は静子。
江戸っ子は「し」と「ひ」が苦手。
しぃちやんと呼ぶより亀ちゃんの方が断然楽なので
亀にしました。

カメちゃ~んと呼ぶと、
小走りに駆けてくる奴を想像すると、
心がほっこりしてきます。

春よ来い、亀よ来い。
そうつぶやきながらの冬の日々です。

2013/02/17(日) | 山ちゃん写真館 | トラックバック:(0) | コメント:(1)

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